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【アンサンブル技法】
チューニングあるいは調弦(その1)
チューニングあるいは調弦(その2)
リコーダーとギターの音域
リコーダーアンサンブルにギターが加わることの利点
リコーダーアンサンブルに適するギターの音色について
平均律か純正律か?
ギタリストも吹こう!
アンサンブルの人数
楽譜が少ない(お世話になった楽譜集)
なぜ和音は気持ち良いか
音程のこと(その1)
音程のこと(その2)
音程のこと(その3)
カポタスト
出だしの合図
ブレス(息継ぎ)の大切さ
リコーダー4声にギターパートを追加する
アンサンブルにおけるリコーダーとギターのバランス
ギターの調弦 私の方法
ギターとPA
リコーダー&ギターアンサンブル練習 覚え書き

【楽曲解説】
カノン(J.パッヘルベル)4本のリコーダーとギター
今こそ別れ(ダウランド)4本のリコーダーとギター
ヴィヴァルディ協奏曲「春」 4本のリコーダーとギター
白い色は恋人の色 2本リコーダーとギター
ブランデンブルグ協奏曲6-1(バッハ)2本のリコーダーとギター
日本の唱歌など 2本のリコーダーとギター
ジュピター(木星)2本のリコーダーとギター
フルート四重奏曲K.285 第1楽章 リコーダーと3本のギター
YELL(いきものがかり) 2本のリコーダーとギター
ギター重奏曲など
イタリア風グラウンドによるディヴィジョン(R.カー)リコーダーとギター
となりのトトロより
Etude in D ギターアルペジオ練習曲
眩暈(めまい)2本のリコーダーとギター
H.パーセル グラウンドによる3声のファンタジア 3本のリコーダーとギター
リコーダーとギターの調べ~世界の旋律/小山勝編より
菊池雅春さんの曲集
不滅のアレグレット
ギター合奏でベートーベン交響曲
白い色は恋人の色 ギター四重奏
広い河の岸辺~The Water Is Wide~ オカリナとギター
ヴィヴァルディ「春」第1楽章 3本のリコーダーとギター
イエスよ、私は主の名を呼ぶ BWV632 リコーダー・ギター三重奏
モーツァルト カノンKV.560b ギター重奏
サウンド・オブ・ミュージック・メドレー
美しいフィリスが(J.ファーマー) 4本のリコーダーとギター
ギターとピアノのアンサンブル
歌、リコーダーとギター
埴生の宿 歌とギター

【その他 音楽関連】
唱歌と賛美歌
ヴィヴァルディのヴェネチア
きのくに「かたり」寄席
Bois Bleu ボア・ブルー(青い小さな森)
ギター弦の張り替え
ギターが修理から帰ってきました
怒涛の三日間
パーカッションの楽しみ
遠藤賢司
朗読とギター
和歌山ギター協会第63回定演「星空コンサート」
ハープの楽しみ
ドームでの演奏
ギター二重奏
竹田の子守唄~2014星空コンサートより
西光忌
絶対音感・言語・音楽
菜の花コンサート
近況
バッハを読む楽しみ
残響のある室でギターを弾く楽しみ
星空コンサート
ギターの音色と和音の綺麗さ
無題
ギター 毎日の基礎練習
ソル作品の楽しみ
演奏会に向けて
日本のポピュラー音楽史
2017菜の花コンサート
ソル作品の楽しみ(その2) NEW

【その他 音楽以外】
ミツバチの分巣
江戸の旅事情
東京がうらやましい
暑い
ねこ派 いぬ派?
価値観の形成・本物を見る目
古座川の支流にて
息抜き
白亜の岬
近況です
さくらんぼ

山頂で
陶芸家の庵
戦争へ一歩近づく?
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ソル作品の楽しみ(その2)

ウォーミングアップのメカニカル練習が終わると、つい手が伸びるのはやはりソルの練習曲です。 セゴビア編の「20の練習曲」ではなくて、原典版の中から、好みのものをつまみ食いしています。 ここ最近はソル作品の「和声的美しさの再発見」の観点から、好きな曲を選んで弾くことが多いです。

ソル練習曲を弾くときの新しい楽しみ方を見つけました。 たとえば作品31-10 Cantabile、これはセゴビア編には含まれていない曲だと思いますが、たいへん美しい曲です。 この曲はほぼ3声(低音・中声・上声=旋律)で書かれています。 これを弾く時に、上声か中声のいずれかを、ギターで弾く代わりに自分で歌いながら弾いてみます。 つまり、自分の声とギターでアンサンブル演奏をするわけです。 ギターの楽譜は実音より1オクターブ上げて記されています。 歌う声の高さは、実音の高さで歌う必要があります。 女声の場合は、ギター譜より1オクターブ低く歌う必要がありますが、男声ならギター譜そのままで歌えばOK。 故に男声の場合は、旋律を歌うのはちょっと苦しい、中声ならちょうど男声の音域なので都合がよい。 また歌う声は、地声ではなくハミングのようなどちらかというと多少かすれた音色のほうが、和音としてきれいに溶け合います。
これをやると、中声もきれいな旋律になっていることが実感できます。 とくに、中声が半音階で上下して和音が解決するところが、たまらなく気持ちよいです。 改めて、ソルが和声的に熟慮のすえ作曲していることが判ります。

ソルop31-10注釈入


自分の声とギターとのアンサンブルの後、再びすべての声部をギター弾くと、新たな気持ちで弾くことができます。和声的に美しく表現するために配慮すべき事は、

(1)調弦は和声重視で。 この曲はニ長調のため、ギター1弦のファ♯(Fis)が高すぎると、主和音Dメジャーのレに対する長三度として非常に不愉快です。 私の場合、1弦は許せる範囲で低めに調弦します。 許せる範囲とは、オクターブや5度が不快にならないならない範囲で狭いめにするということです。 また4弦のファ♯や、ド♯も、解決した和音に含まれる場合は、左手押さえ指をブリッジ方向に押し下げて低くすることは必須です。 ただし、ローポジションではこの音程調節が難しいので、たとえば②弦2フレットのド♯は③弦6フレットに代えることも考えられます。

(2)旋律と低音だけにとらわれて中声をおろそかにしないこと。 低音の上で2人が二重唱していて、そのハーモニーで聴かせる、という心持ちで。 意識的に中声を強調して(大きい音で)弾いてみるのもよい練習になります。 そうやって、上声と中声の最適な音量バランスを見つけます。 上声と中声の音量バランスは常に一定ではなく、時には中声を際立たせた方がよい場面もあると思います。

(3)和声進行でのセオリーのようなもの、解決した和音は穏やかに(弱く)、逆にその手前は緊張感をもって(少し強めに)弾くこと。 こうする事によって、和音が解決した安堵感=「緊張」が解けて「緩和」する感じが生まれます。

(4)付点音符の後の前打音的な16分音符と、その次にくる長い音符の関係でも同じことが言えます。 この曲の場合だと、短い16分音符は「緊張」=鋭く強い音、次にくる長い音符は「緩和」穏やかな弱い音、ほぼこれで正解だと思います。
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埴生の宿 歌とギター

語り朗読の催しでギター演奏を依頼されました。20分ほどの持ち時間で、うち1曲はお客さまと一緒に歌える曲をとの要望に沿い、歌唱伴奏曲をひとつ用意しました。だれでも知っていて歌いやすい曲ということで、「埴生の宿」にしました。日本人の作曲ではありませんが、日本の「唱歌」といって差し支えない曲だと思います。

この曲、私自身は学校の音楽教科で習った記憶がありません。曲を知ったのは、小学生の頃、家にあった世界名曲全集のようなソノシート集の中に入っているものでした。私が調べた範囲では、昭和22年「中等音楽(三)」に載ったのが最後で、それ以後は教科書に採択されていないようです。
参照:「おけらの唱歌」特設コーナー
※このWebページ上の資料は本当にはすばらしく、作成者に感謝します。

原曲である「Home,Sweet Home」の初出は、作曲者でもあるヘンリー・ビショップ(1786~1855)作の1823年オペラ「ミラノの乙女」です。時期的にはちょうど、ウェーバー(1786~1826)と同時期にオペラ作家であったことになりますが、「Home,Sweet Home」以外のビショップの作品は、今日ほとんど耳にすることはありません。

この曲だけが今に至るまでこれほど広く流布した要因は、親しみやすい旋律と、望郷の念という普遍的な感傷を歌いこんだ歌詞にあったと思われます。19世紀初頭といえば、ポピュラー音楽の商業的拡販が始まった時期にあたります。産業革命以後に生まれたブルジョア市民階級=家庭内の応接間(パーラー)にピアノを有し、余暇には音楽を楽しめるような階層=向けに「パーラーソング」と呼ばれる楽譜が販売され始めました。フォスターが、旅回りのミンストレル楽団の委嘱作家から足を洗って、作曲楽譜販売で身を立てようとしていた時期でもあります。(ポピュラー音楽はこの後、1887年の円盤式レコード発売によって飛躍的に発展していくことになります)フォスターの「金髪のジェニー」「夢路より」などとともに「Home,Sweet Home」はパーラーソングの代表例と言えます。

Home Sweet Home_1914年版楽譜表紙
Home Sweet Home_1914年版楽譜の表紙

賛美歌にも使われるほど広く流布していた「Home,Sweet Home」は、「The Last Rose of Summer」等とともに、明治日本の最初期の中学校音楽教科書『中等唱歌集』1889刊に収載されることになり、「埴生の宿」「庭の千草」になりました。日本語歌詞は、里見義(さとみただし)によるもので、内容は概ね元の英語歌詞に因んだものとなっていますが、若干の違いはあります。原曲では故郷を離れた主人公が、質素ではあるが心安らぐ生家を懐かしむ内容であるに対して、日本語歌詞では、主人公が故郷を離れているのか、今も住み続けているのかはっきりしません。「疲れた心を癒す生家への望郷の念」というよりは、「粗末ではあっても生まれた我が家がすばらしい」という道徳教科書的なにおいもします。

埴生の宿_初版楽譜
中等唱歌集_東京音楽学校 1889刊より

日本語歌詞の古語的言い回しは、現在の中学生のレベルではかなり難解だと思います。恥ずかしながら私も「埴生の宿もわが宿 玉の装いうらやまじ」は「裏山路」ではなく「羨まじ(羨ましくはない)」であることを今回初めて知りました。題名「埴生」の「埴」とは埴輪に使われているような黄赤色の粘土のことで、「埴生の宿」とは「土の上にむしろを敷いて寝るような粗末な小屋」というような意味合いのようです。

伴奏譜作成にあたっては、歌の旋律+ギターの編成にしました。リコーダー2本+ギターの編曲は、すでに小山勝さんの曲集『世界の旋律 リコーダーとギター調べ/全音楽譜出版』にすばらしい編曲があります。(残念ながら現在絶版)
ネット上画像で歌唱譜を調べると、曲の調性はへ長調からハ長調の範囲で種々見つかります。なので、ギターがよく鳴るニ長調を採用し、6弦をD(レ)に下げます。ニ長調におけるこの調弦の利点は、低音⑥弦の張りが緩くなるため、⑥弦に頻出する低音のFis(ファ♯)やG(ソ)の音程を左指押弦によって微調整しやすいことです。特にFis(ファ♯)は押弦によって低くすることで、通常の平均律三度の汚い響きよりずっときれいに補正することができます。

埴生の宿_VoG

埴生の宿_G

参考MIDI音源は こちら

当日のセットリスト
1 The Rose (A.McBroom作曲・竹内永和編)
2 時には昔の話を (加藤登紀子作曲・江部賢一編)
3 われは海の子 (毛塚功一編)
唱歌と讃美歌 (三浦健一編)
6 みんなで歌いましょう 『埴生の宿
02:22 | 楽曲解説 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

2017菜の花コンサート

先日、所属するギター協会の定期演奏会がありました。リコーダーアンサンブル夢笛も、毎回出演しています。年2回開催で第70回ですから、35年続いたことになります。メンバーが高齢化する筈ですね。聴衆数は260人でした。案内はがき(約600通)を出すだけで特に宣伝もしないのに、たくさんの方々に集まって頂き、ありがたい限りです。
2017菜の花プログラム
ライブ音源:古いイギリスの巨匠の作品にもとづく組曲(リコーダーとギター)
ライブ音源:ブンブンブン変奏曲(リコーダー五重奏)
19:29 | その他 音楽関連 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

日本のポピュラー音楽史

 このところ、日本のポピュラー音楽の歴史についての書籍を読みあさっています。いずれ時間ができたら、それぞれについて書きたいものですが、今はとりあえず紹介だけ。

●日本の音-世界のなかの日本音楽/小泉文夫著/平凡社ライブラリー新書 1994/9
●音楽からみた日本人/小島美子/NHKライブラリー 1998/12

民族音楽的視点から日本の音楽を捉え、世界(アジア)の民族音楽との関係から、その成り立ちや構造などについて述べられています。音階の話、特に小泉さんによる、律音階、都節音階や民謡音階などを、テトラコルド(4つの音による音階=ドレミファとかラシドレ)によって説明するくだりは、たいへん判りやすく説得力を感じます。


●にほんのうた-戦後歌謡曲史/北中正和著/新潮文庫 1995/8
●ギターは日本の歌をどう変えたか/北中正和著/平凡社新書 2002/6

北中正和さんについては、NHK-FMの番組「ワールドミュージックタイム」の解説者として聴いていました。文化嗜好に偏よりのない平等でニュートラルな解説に好感を持っていました。その彼が日本音楽についても書いているのを知り読んだのが上の2冊。「ギターは・・・」の方は、日本ポピュラー音楽史と呼び替えてもよいくらいの内容です。とりわけ大正末期から戦後にいたる記述内容は、このように簡潔にまとめて通史的に書かれたのは初めてではないか?と思えます。


●声の国民国家-浪花節が創る日本近代/兵藤 裕己著/講談社学術文庫 2009/10

浪花節は、今では日本の音楽芸能シーンから跡形もなく消え去っていると言ってもよいくらいですが、私が幼い頃テレビが無かった時代、ラジオから流れてくる音楽?といえば、まずは浪花節でした。浪花節の成立~興隆の歴史とともに、明治以降の天皇を頂点とした国家的、義理人情的な国民感情の形成とどう関わっていったか、という視点で書かれています。表紙カバーの桃中軒雲右衛門の写真に惹かれてジャケ買いした、という一面も。


●創られた「日本の心」神話-「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史/輪島裕介著/光文社新書 2010/10

「演歌」というキャッチフレーズが目立ち始めたのは、私の中学生時代、年代で言えば1960年代後半~1970年代頃のように思います。そこには何かの力が働いていたのでは?との疑いを感じていました。読んでみると、かなり腑に落ちました。


ところで、北中さんの「ギターは日本の歌をどう変えたか」の中に次のような記述があります。

「20世紀前半の国産ギターの生産本数は次のようだった。
  1930年 8,500本
  1935年 30,000本
  1940年 97,000本
 1930年代後半から40年代前半といえば、中国での戦線が拡大し、質実剛健がよしとされ、アメリカのジャズが次第に好ましくない音楽とされていった時期だ。この統計を見るまで、ぼくはギターどころではなかった時期という先入観を持っていたが、現実にはそれとは逆に生産本数が飛躍的に増えている。いったいどうしてこういうことが起こったのだろうか。それはクラシックのギターを見ているだけではわからない。」

 増えていった理由は、上記一文の後に続く、昭和初期から敗戦までの記述を読むと解るのですが、この数字の増え方にはちょっと目を疑いました。
「15年戦争」と呼んだりもする昭和の初期、それは「暗い時代」だったに違いないと思いこんでいるが、当時の人はそうは感じてなかったのではないか? ギターの売上げが伸びて行き、音楽の楽しみも享受できる、まあまあの世の中だと感じていたのではないか? 中国での戦況や国際社会での孤立などは、あまり自分の生活には関わりのない話として(あるいはそういう情報から目隠しされて)過ごしているうちに、取り返しのつかない処まで行ってしまったのではないか?

「戦争法(平和安全法制)」「特定秘密保護法」「共謀罪」「憲法改正」へとずるずると流されていく世の中。それを横目で見ながら、私自身は、日々音楽を楽しんで幸福な生活を送っている。ここらで一度立ち止まらなくてよいのか?
22:27 | 音楽史 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑